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 岩塩のこと



日々を紡いで


少し前、バーリーおやつの下準備が急に億劫になってしまった。きんとき豆の甘煮もアーモンドの粉砕も遠い場所にある感じで…。やらなければと思うとしんどくなるから、とりあえずホットケーキとバナナケーキ、素の蒸しパン(レーズンや甘栗の日も…)でしのぎつつ、ふと迎えた昨日の朝、何事もなかったようにきんとき豆をつけ、夕方には甘く煮て夜にはレシピ通りの蒸しパンが完成。豆多めで甘くておいしかった。アーモンドパウダーもすんなりできたので今日は久々のスコーン、ちょっと焦げたし前より味が落ちた感はあるけども、脇道の迷走から戻ってこれたーと、ひと息。(12/17)



せめぎあいの、正念場にいるようだと思った朝。午前中に家を出られたので太陽の下をいっぱい歩いた。このところたびたび泥のような言葉がせりあがってくる、まだこんなで、もういやだと思う。ひたすらバーリーおやつを作る。(12/3)



きんとき豆は食感が苦手なのと、子供の頃の重い記憶がまとわりついてて、甘煮はなかなか作れなかった。でも12日の無有日記で頑ななところが動き、ぴゅっと買いに走るとそこから流れるように作業が進んだ。鍋の中でコトコト揺れるきんとき豆を見てたら、ふわっと湧き上がってくるものがある、なんとなく、記憶がやさしいものに変わっていくような…?感じ。きんとき豆の蒸しパンは素朴でおいしく、豆だけのときの苦手な食感はなくて、ほっとした。そのあと若い頃から長年悩まされてきた胃痛が出たけど、それほどの不安はなく、つながってたのかなぁ、とか思いながら太陽を浴びて横になってると、いつのまにかすっきりして元気になっていた。(11/14)



夕陽を背中に浴びながら歩いてると、昨日は少し歩いただけで重だるかったのに今日は歩くほど軽くなっていく、特に肩から腕にかけてが経験したことのない軽さ。5日の無有日記でバーリーケーキ効果が加速したのかも?よし、材料が足りなくてアバウトに作ってたけど、一度ちゃんとレシピ通りに作ってみよう!とスーパーへ。作るのは夜遅くになってしまったけど、手順を省こうとは思わなくて、わくわくでいっぱいになってくる。静けさとともに気温は下がり、寒くなってきたはずなのに身体はぽかぽか、朝を楽しみに眠りについた。(11/5)



地磁気のEWとかんたんおやつで、台所の空間が楽になってきてる。長い時間ちょこちょこ動いててもしんどくならないし、あとひと手間が苦にならない。初めて作ったリンゴフィリングをタッパーに入れてテーブルで冷ましておいたら、甘いものは苦手な夫が珍しくちょっと味見とつまんでて、なんかこういうのいいなぁと思った。(11/1)


2021年のカレンダーを作りました。ご活用いただけたら嬉しいです。お気づきのことや質問などお気軽にご連絡ください。





このところずっと、どうしたらいいかわからない…と捉われていたことが、朝起きると遠ざかっていた。(10/23)



久しぶりに訪れたお店が臨時休業で、とりあえずお散歩でもと立ち寄った大きい公園。広場を見渡せる場所で立ち止まると、足元にツユクサが咲いていた。傍にはシロツメクサも生き生きと咲いていて、これからですよ~と語りかけてくる感じ。なんとなく「これから」という言葉の響きが違う、と思う。2日の日記に、元気に行こうと書いた矢先、なぜだか急に脱力してしまい、UPできないままずいぶん経ってた。改めて、元気に行こう!(10/21)



長年重くのしかかってた事があっけなく終わって、それを淡々とこなせた上に感情を持っていかれなかったことに少なからず驚いてる。土地に染み込んだ負の力が弱まってるよう。いろいろあるけど元気に行こう。(10/2)





先日のソファーを運ぶとき足の親指をどうしたのかよく覚えてないけど、爪がめくれて痛かったのでこのところ歩くのを控えてる。ここぞとばかりに始めた片付けは、ぜんぜん終わらない。そしてそれを言い訳にした怠け心が出てきた。これはマズイと思い久しぶりにホームページビルダーを開いた。(9/23)



日が落ちるのが早くなったと西の窓を眺めていると、一度暗くなりかけた空が、だんだんと赤みを増して輝きはじめ、暮れゆく時間なのにまるで朝のように明るさがどんどん増していった。パワーが漲るような、喜びが飛び跳ねてるような、あたたかく嬉しいひとときだった。(9/20)



数日前から窓辺に小さな蟻を見かけるようになった。退治しても次々現れてキリがない。ソファーの上にもいたので、まさかねと思いつつひっくり返してみた。中に巣があるとは思えない、でもずっとどこに置いてもうまく活用できなかったから、この機会にと思い切って処分することに…。市に電話すると翌朝には引き取りにきてくれ、すごくさっぱりした。その後蟻は減ったけどまだ何度か見かけたので、ふと思い立ってブラック岩塩のブロックをそのあたりに置くと、途端に現れなくなった。いろいろタイミングだっただけだろうけど…。(9/17)



自分の考え方の根底にある、尽きることのない差別心や傲慢さ、残虐性…の ’核’みたいなものが表に出てきた9月。噴き出すように言動となるのを止められなくて、どうしようとさえ思えなくて、黒い感情のなすがままという感じだった。無有日記のページが登場したあたりからその核に動きが出て、9/15の月の本性で何か大きな塊りが砕かれた感じがする。家族にはコワイ思いをさせてしまったのに投げ出さないでいてくれた、またあんなふうになったらと思うと怖い、だけど投げ出さないでいよう、それだけは刻もう。(9/15)



文庫冊子の「太陽の音楽(7)~(9)」の23ページが19ページになっていました、、すみません。。修正しましたので、差し替えていただきますようよろしくお願いします。
23ページがある1枚のみ印刷する方法 : 印刷設定は両面印刷、短辺とじ。
ページ範囲で「ページ指定」にチェックを入れ、右の四角に23-24と入力していただくと、必要な1枚のみ印刷できます。
手元にある分には23ページがあり順番通りになってるため、なぜそうなったのかわからなくて、これまでなら原因を知りたいと思うが早いか調べてるところですが、知らなくても大丈夫になってきてるみたいです。とはいえ確認不足でお手数をおかけして申し訳ありません。また何かお気づきのことなどお知らせいただけるとありがたいです。(9/6)



昨日までほとんど目に入らなかった新芽の黄緑色が、今日は向こうから見て見て!と言わんばかりに目に飛び込んできてくれて、ただただ嬉しかった。ここ数ヵ月、加齢によるものかわからない不調があり、要らないものが出てるとか電気が悪さしてるとか思おうとしても、過去の生活習慣や身内の病気、凝り固まった考え方から不安が消えることはなかった。でも今日ふいに、身体の不調が体内の電気によるのものだと、染み通るように理解でき、不安、心配は遠ざかっていった。(9/6)



先日、近隣の解体工事で埃だらけになったベランダの掃除を始めたら、長年敷きっぱなしが気になりながら手をつけられなかったウッドパネルを剥がしてしまおうと手が動いた。ぜんぶ剥がすと次も次もと進んでいく。私もコンクリートの蓄積した汚れは高圧洗浄機でないとと思い込んでたけど、古い歯ブラシでとあった仲間の日記を参考にごしごし。大変だったら水を流すだけにしておこうと始めたら案外簡単に落ちる、築年数を思えばきれいになった方というところで次へ。家が建て込んでる場所の狭いベランダだけど、時々はそこでのびのびできる空間にしたいな。(9/4)



南方面の河川敷を歩いてると遠目に白い花の群生が…、シロツメクサ?いやまさか今頃までね、と近づくと見たことのない花だった。星形で小さくてとてもかわいい。葉っぱはギザギザで少したんぽぽに似てる。草花をほとんど知らないので、ポピュラーな花かもしれないけど、私には初めまして。しゃがんでよく見ると葉っぱの上でカナブンが休憩中~。すぐ近くで見てても飛んでいかないのでしばらく一緒に休憩~。川面の風は本当に気持ちいい、家に帰りたくないな~って何度も思った。(8/26)



日中用事を終え外に出ると思いのほか風が爽やかで、歩けそうだなと坂道へ踏み出した。ほどなく見知らぬ路地が現れ、迷うことなくそちらへ。行き交う人のない小径、庭先の花々、流行りの玄関ドア、なんか凄みのある家…。おもしろくて足取りが軽くなる。でも知ってる場所に出たとたん暑さ倍増、、で、近くの100円ショップに涼みに入ったら、電子12個のフレークを持ち歩くのに丁度いい容器が目に留まった。ずっと使ってるスパイス瓶は少し重くて軽いのがあればと気にかけてたんだけど、なかなかピンとくるのがなかったこれまで。そう、これ!そんな感じ。(8/24)



さりげなく違和感を伝えてもらったり、希望を聞かせてもらったりして、冊子の表紙を見直しました。変更した分にはをつけています。また何かお気づきのことがあれば、お知らせいただけたら嬉しいです。
それと、「生命の素顔」 と 「地磁気」 のセンテンスで、しおりを作りました。
よかったらご活用ください。こちらも何かありましたらお知らせいただけるとありがたいです。よろしくお願いします。(8/13)



牛たちはぜんぶ受容。身をもって知って、詰まってたところが流れ出したよう。思考のループが横から観察できて、なんというか、マジックの種を知ったらこんなことだったのかという感じ。この安心感ひさしぶりだな~とそこに身をゆだねてると、やらねばと思いながら後回しにしてきたシンク下の掃除が軽快に始められた。(8/9)



近くを歩き始めると激しい否定感情が出てきた。出てくるままに1時間ほど歩き続けると、それらが一旦尽きたのかふっと軽くなり、ウソの人間を終える時代に居るんだと嬉しさがこみ上げてきた。その嬉しさが自分の中にあったことが、うれしかった。(8/7)



少し前にいやなことがあって遠のいてた河川敷に行ってみた。草がすごく伸びていてベンチがいくつか埋没してる。最初は周囲に注意を払ってたけど、風が本当に心地よくて、新しい花壇の横でセンテンスを読んだり、ぼんやり景色を眺めてたら、だんだんどうでもよくなってきた。気をよくした帰り道ニガテな人に会って苦手な社交辞令でやや失敗、、気にしすぎもあるけど、言わなくていいことを言ってしまったり、言いたいことが言えず不満を溜め込んだりで、何かと問題の多い口。ふと思い立って口をつつんでみた。目や耳や鼻は痛みや違和感が出てくるので度々つつむけど、数々の失敗を重ねながら何もしてこなかった、口。反応はじわじわ、これから…、という感じ。(8/6)


 

あちこちでアスファルトを破って勢いよく草たちが伸びている。少し歩くと、まだ新しいコンクリートの壁面からも飛び出すように植物が伸び上がっててびっくり!すごいなとよく見ると排水口から顔を出してたんだった。車通りなのでさらっと通り過ぎたけど、ちょっと挨拶したい感じだった。(7/21)

遅くなりましたが文庫冊子に「直感」「復活」「地球の真意」をUPして、ぜんぶ揃いました。よかったらご活用ください。



先日ぽろっと出たのは、何をやってもうまくいかなかった人生の中で唯一、望みが叶った経験。きっかけとなった喜びの瞬間は記憶に刻まれてて、手放せないものだった。それは優越に深く絡んでるのでは?と仲間にアドバイスをもらい、そこを見つめ包んでいると、長い間消せなかった連絡先をすっと消せた、あっけなかった。やりたかったこと、なりたかったもの、あれほどあった執着がどんどん薄れていく。喜びの記憶もなんだか作り物のように思えてきた…。(7/20)



何度も横を通ってるのに気づかなかった路地は小さな古墳へ続く道だった、なんだか暗い。だけど足は軽く、身体も軽い、どこまでも歩いて行けそうと思う(夕飯の仕度がなければ…)。いつのまにか辺りは明るく、朝からの雨がウソのよう、雲の切れ間から青空がちらほら。太陽は雲を突き抜けて光を届けてくれ、いっそう元気になる。帰り道の方向が明るくて嬉しくなった。(7/14)



先日ふと思い立って冊子の表紙を作ってみました。厚めの用紙に印刷してビニールカバーをかけるとしっかりするので、必要なひとがいるかもと思いUPしました。今頃…ですが、、もしよかったらご活用ください。
文庫(A6)サイズ対応にしてるので、A5サイズ冊子には1.4倍に設定するとちょうどいいです。
それと、作ったもののUPできてないと思い込んでた「LED感染」のミニ冊子が途中で止まってたので、作り直してUPしました。よろしくお願いします。(7/10)



 
昨夜、パソコンをつけて、いつものように「無有日記」を開き、日記のページをクリックすると、’・・・お繋ぎできません・・・’だったか、見たことないメッセージが出た。えっもう?、、と焦りつつ戻るとトップページはそこにあった(ほっ…)。でもその先は同じメッセージが出るだけでどのセンテンスも見れない。リンクページは表示されたけど仲間のHPも同じメッセージが出てやはり見れない。何が起きてるの??と焦り倍増、でも自分のHPが見れない時点で冷静になって、再起動すると何事もなかったように全部見れた。なんだったんだろう…。このところ、軽くなる反面、捨て鉢になることが何度もあり、表現したいと思えなくなっていた。でもそんな中、どんなときも表現していこうとする仲間の想いにふれ、私も表現していこうと動きだすと、そこから抜け出せた感じがする。(7/6)



紫陽花を見ようと久々に訪れた道の駅は、少し遅かったか全体的に茶色っぽい。その中でひと際鮮やかだったのが白と薄緑の紫陽花で、まだまだこれからと言ってるよう、なんだか頼もしくなる。丘を上り森に入るとウグイスがとても澄んだ声で迎えてくれて、夫ときれいな声だね~としばらく耳を澄ませた。姿を見たいなと木に近寄るとピタリと声は止まる。少し離れるとまたひと声、しばらく楽しんで遊歩道を歩きだすと、またひと声。同じ鳴き声なんだけど、なんとなく見送ってくれてるように感じられてうれしくなった。(7/2)



施設にいる母を定期検査に連れていく日で、他にもスタッフさんと相談することがあり朝から気が張っていた。道中ふと浮かんだのは、母の意思に触れる前の自分を元気にしていこう、ということ。助手席でいろいろ包む。人からよく見られたいとか、母の言うなりになっても反発しても罪悪感に苛まれるとか・・・。ずっと絡まってきたもろもろ。それらがするするとほどけていくと、時間がかかりそうだったことがあっけなく解決して、何にかよくわからないけど、さよならしても大丈夫、と思えた。(7/1)



たまたま見かけて心惹かれた場所と、前から行きたかった場所が近くだとわかって、連れて行ってもらった。日帰りには遠い所だったけど、どこもいい風が吹いていて、なんだかいろいろなめらかで、少しのぶつかりも風が攫っていってくれるようで、自然が身近に感じられてきた。(6/24)



いつもの河川敷を、いつものペースで歩く。いつも誰かがいる浅瀬の階段を今日はひとりじめ。水の流れる速度がなんかピタッとくる感じで、今この瞬間、自由な気がした。早い時間に帰らなければならないのがいつも残念だけど、窓に縁どられた夕空が2日続けてとても美しくて、浮足立ってしまった。(6/22)



なんとなく今日はそこへ行きたいと出かけた公園は、今までで一番の賑わいで、禁止のはずのBBQをしてる人達もちらほら。早くそこを抜けようとしたけど、なんか足が重く思うように進めない。ようやく落ち着ける池のほとりに着くと、ハスのつぼみが大きくふくらんでて、すごくきれいで、思いきり息を吸い込んだ。しばらくベンチでゆったりした後、池の周りを歩き始めると、カラスがギャーっと大きく鳴いて威嚇するように頭上を飛んでいき、森側を見るとかなりの数のカラスが、、、怖い、戻ろうと思っても、やっぱり足がうまく動かなくて、ふんばって前に進んだ。なんとか公園を抜けると足は軽くなり、生きてる場所に戻ってきた感じがした。(6/21)



こんなに零れるほど花が咲いてる光景は初めてじゃないかと、目を瞠った。数ヵ月ぶりに実家へ向かう高速道路に乗って、すぐのこと。山間に入ると緑が深く、飲み込まれそうに思う箇所もあって、現実感が薄れてしまう。ひと山抜けるとまた黄色やピンク色の花々が現れ、それらの元気さ朗らかさにわくわくしてくる。一般道に下り、最後の坂を上ると、あの枯れっ枯れだった故郷の山は、見違えるほど緑濃く、生命力にあふれてる感じがして、心からほっとした。実家の近隣に少し気がかりなことがあったけど、どうってことなかった。互いに変化している。(6/14)



聞いたことのない切羽詰まったようなカラスの鳴き声、やばいぞやばいぞって会話してるみたい…と思った。しばらくするとどしゃぶりになり、リビングの湿度は70%近い。エアコンで除湿しても数値は変わらず床はしっとり、でも岩塩はなぜかサラサラ、エアコンのない部屋のもサラサラ。…わからない、けどわからないままでいられる今。(6/11)



久しぶりのショッピングモールで少し疲れた帰り道、朝からなんとなく行きたいなと思ってた広場に立ち寄った。歩こうと足を踏み出すと元気が出る。ゆるやかな坂を上っていくとマンションの1階に、木の内装が素敵な産直ができてて、吸い込まれるように入った。新しいからLEDだろうと思い込んでたけど聞いてみると、白熱灯ですよ、私もLEDは嫌いでね、お客さんにもそういう方何人かいますよと教えてくれた。店長さんは普段からご自分の感覚を大事にして行動してると、晴れやかな表情で話してくれる。もちろんマスクはしていない。もうじき彼女が育てたぶどうがお店に並ぶそう、楽しみ♪(6/7)



なかなか夕陽の時間に外にいられないけど、この時期はリビングの窓から夕陽が見える。曇りの一日でも暮れゆく空がピンク色に染まると嬉しくなる、どんよりした気持ちが霧散していく。夕空がとびきり美しい日は、ただただ安心に包まれる。(6/4)



河川敷の草地を歩いてると足の裏が呼吸してるような感じがした。初めての感覚に心が弾む、たくさん歩いたのに足取りは軽くなる。先日まで「まむし危険」の立札があって足早に通り過ぎてた場所は草がすっかり刈り取られ、小鳥たちが集まって地面をつついてた。たぶん初めて見る風景(カラスのこういうのは何度も見たけど…)。時々先のことを考えてしまって怖くなることがある。でもそんなことを思うのはたいてい家の中、、もっと外に出よう。(6/2)



6/1の無有日記で、ようやく心に納まった、この地域に縁したこと、ここまでの道程。進もう、見るべきものを間違えないように。(6/1)





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